2051 明知城と落合砦・仲深山砦

戦国時代 考証 三宅唯美・中井均 2020年 恵那市蔵

落合砦上空から明智集落を見下ろしており、時代設定は2050と同じ天正2年。中央が明知城で、西側(左下)の山麓には後世、陣屋が作られた。当時も、山麓居館や家臣の屋敷、寺院、神社などがあり、街道沿いに町屋もあったと想定している。右は仲深山(なかのみやま)砦で、明知城と同様、畝状竪堀がある。手前の落合砦には井戸が残り、明智光秀の産湯を汲んだという伝承があるが、砦の実態は不明部分も多い。

2050 明知城

戦国時代 考証 三宅唯美・中井均 2020年 恵那市蔵

別名白鷹城。明智一帯を治めた遠山氏の居城だが、武田、今川、織田といった戦国大名の勢力の境目にあり、度々戦場となっている。特に、武田信玄の跡を継いだ勝頼が、織田方についていた明知城を攻略した天正2年の戦いは大規模だったと思われ、その少し前くらいを想定して描いた。規模の大きい畝状竪堀が特徴の城で、現地もよくその形を残している。

857 高山城本丸

安土桃山時代  考証 香川元太郎 2020年

金森長親が築いた飛騨高山城の本丸部分を南東から見る。金森氏が元禄年間に国替えとなり、城は一時加賀の前田氏の預かりとなった後、廃城とされるが、その際に記された平面図から復元考証ができる。金森長親の城では、越前大野城も絵図があり、他の近世城郭に見られない変則的な天守があったことが伺える。

2042 大垣城鳥瞰

江戸時代 考証 大垣市教育委員会 2020年 岐阜県大垣市蔵

大垣城は豊富な水を利用した平城で、戦国時代から地域の戦略拠点となっており、関ヶ原合戦では西軍の本陣となった。イラストは江戸時代の大垣城の全体像。江戸時代の間にも御殿の位置は変遷があり、城の櫓は減っていく一方、城下町は広がっていく。イラストは正保城絵図を中心資料としながら、複数の絵図からも情報を読み取り、大垣城が最も充実した状態を描いた。

2043 大垣城天守断面

江戸時代 考証 大垣市教育委員会 2020年 岐阜県大垣市蔵

大垣城天守は、4階建てで、複数の復興天守や模擬天守でモデルに使われている。太平洋戦争の際に焼失したが、それ以前の調査図面や写真が残されており、その記録から描いた。復元したのは焼失前の天守であり、江戸時代には右側に多門櫓が続いていたと思われる。

2039 古川城

安土桃山時代 考証 中井均 2020年 岐阜県飛騨市蔵

飛騨の国人領主、古川氏(姉小路三家の一つ)の城。その後力で古川氏の名跡を継いだ三木氏の本拠。織田信長のもとで飛騨に侵攻した金森氏が、一時期は古川城を本拠としたと考えられ、本丸周辺には織豊城郭的な石垣の跡が残る。
遠景右は、金森氏の新城、増島城で、建設中の様子を想定。古川城の対岸にあった集落も増島城下に移転させている途中。
遠景左端の山城は、小島氏 (姉小路三家の一つ) の本拠だった小島城で、古川城と同様、金森氏の改修が入ったと考えられている。

2040 傘松城

戦国時代 考証 中井均 2020年 岐阜県飛騨市蔵

 飛騨市神岡町周辺を見下ろす山城。西から見る。北飛騨の国人領主、江馬氏の城と考えられる。西側は大規模な堀切を重ねて防御が厚い。城の東側(遠景)は、江馬氏の中心地で、様々な施設が見られる。
左から、当時の江間氏の館と思われる東町城(神岡城)、 室町時代の館跡として国史跡に指定された江間氏館(下館)の跡、 当時の江間氏の主城である高原諏訪城、廃絶寺院の跡、山間の支城である岩ヶ平城と洞城。

2034 加納城

江戸時代 2016年 考証 香川元太郎 個人蔵

天下普請で築かれた加納城の天守(御三階櫓)。享保年間に描かれたという立面図をもとに推定復元した。

2037 高原諏訪城 

戦国時代 考証 中井均 大下永 2018年 飛騨市蔵

北飛騨の国人領主、江馬氏の本城。堀切と竪堀で隔てられた尾根にも、点々と防御施設があった。背後の谷は、現在ダム状施設によって地形が変わっている。
画面左端に、室町時代の江馬氏の館跡があるが、ここは現在、発掘調査に基づいて会所、庭などが復元されている。

2038 小島城

戦国時代 2018年 監修 中井均 大下永 飛騨市蔵

飛騨の小島氏の本城。小島氏は三木氏の傘下に入り、江馬氏を攻めて高原諏訪城を落城させたとされるが、その小島氏や三木氏も金森氏によって滅ぼされる。
小島城の中心部に見られる織豊城郭的な石垣は、金森氏の改修によるものと推定されている。

2006 金山城中心部

安土桃山時代  考証 中井均 2015年 可児市蔵

金山城は典型的な織豊城郭で、岩山の各所に石垣が残る。
全面的に発掘調査が行われており、イラストの建物も大半は礎石などをもとに復元した。

2005 金山城

安土桃山時代  考証 中井均 2015年 可児市蔵

もとは斎藤氏配下の戦国城郭だったが、織田信長が美濃を手に入れた際、森可成が居城として大規模に築城した。
城下の木曽川には湊遺構も残る。

2009 久々利城

戦国時代  個人蔵(株式会社パロマ)

可児市に城址が残る山城。
久々利氏が居城としていたが、金山城の森氏によって奪われた。
地形がよく保存されている。

2004 加治田城

戦国時代 考証 富加町教育委員会 2016年 富加町蔵

岐阜県南部の富加町を支配した国人領主、佐藤氏の居城とされる。
典型的な戦国の城で、山上の山城と山麓の居館がセットになっている。
美濃の斎藤氏、尾張の織田信長がこの周辺を舞台に合戦を繰り広げた。

502  古代国府の構成

奈良時代 2007年

美濃国府をモデルとしている。
中央には国衙を中心とした政庁施設があり、国分寺、国分尼寺も建立された。
遠景は琵琶湖で、その手前の谷に不破の関がある。