2037 高原諏訪城 

戦国時代 考証 中井均 2018年 飛騨市教育委員会蔵

北飛騨の国人領主、江馬氏の本城。堀切と竪堀で隔てられた尾根にも、点々と防御施設があった。背後の谷は、現在ダム状施設によって地形が変わっている。
画面左端に、室町時代の江馬氏の館跡があるが、ここは現在、発掘調査に基づいて会所、庭などが復元されている。

2038 小島城

戦国時代 2018年 監修 中井均 飛騨市教育委員会蔵

飛騨の小島氏の本城。小島氏は三木氏の傘下に入り、江馬氏を攻めて高原諏訪城を落城させたとされるが、その小島氏や三木氏も金森氏によって滅ぼされる。
小島城の中心部に見られる織豊城郭的な石垣は、金森氏の改修によるものと推定されている。

2006 金山城中心部

安土桃山時代  考証 中井均 2015年 可児市蔵

金山城は典型的な織豊城郭で、岩山の各所に石垣が残る。
全面的に発掘調査が行われており、イラストの建物も大半は礎石などをもとに復元した。

2005 金山城

安土桃山時代  考証 中井均 2015年 可児市蔵

もとは斎藤氏配下の戦国城郭だったが、織田信長が美濃を手に入れた際、森可成が居城として大規模に築城した。
城下の木曽川には湊遺構も残る。

2009 久々利城

戦国時代  個人蔵(株式会社パロマ)

可児市に城址が残る山城。
久々利氏が居城としていたが、金山城の森氏によって奪われた。
地形がよく保存されている。

2004 加治田城

戦国時代 考証 加治田町教育委員会 2016年 富加町蔵

岐阜県南部の富加町を支配した国人領主、佐藤氏の居城とされる。
典型的な戦国の城で、山上の山城と山麓の居館がセットになっている。
美濃の斎藤氏、尾張の織田信長がこの周辺を舞台に合戦を繰り広げた。

502  古代国府の構成

奈良時代 2007年

美濃国府をモデルとしている。
中央には国衙を中心とした政庁施設があり、国分寺、国分尼寺も建立された。
遠景は琵琶湖で、その手前の谷に不破の関がある。

442 合掌造り民家

江戸時代 考証 柿崎京一 2002年 朝日ビジュアルシリーズ『週間 日本遺産 09白川郷・五箇山』

屋根の勾配が強く、大きい屋根裏空間を斜めの叉首で支える構造の家。
小屋組みを用いないため、屋根裏には柱が立たず、広い空間が養蚕などに活用できる。
起源は古いと思われるが、現存する建物は明治期の形を残すものが多い。

360 江馬氏館

室町時代 考証 香川元太郎 1996年 世界文化社『日本の城』

飛騨の江馬氏館は、室町時代の領主居館の遺構で、全面発掘された貴重な例。
現在は会所(池の側の建物)が復元されている。
発掘成果を用いて描いたが、土塁や塀は検出されていない。
イラストでは、室町時代の館の例として、あえて様々な塀のパターンを描いた。

309  松尾山城

戦国時代 考証 中井均 2011年 『歴史群像 105  2月号』

関ヶ原の南にある松尾山に築かれた城。
関ヶ原合戦の際には廃城となっていたが、合戦の行方を決定付けた小早川隆景が陣城として利用した。

237 稲葉山城落城

戦国時代 考証 香川元太郎 1995年 世界文化社

稲葉山城は美濃の戦国大名、斎藤氏の居城。
斎藤龍興の時、織田信長の攻撃によって落城。
搦手からの夜襲によって炎上するイメージを、イラスト化した。
その後、城は岐阜城と名を変え、信長の居城となる。

205 松倉城

安土桃山時代 考証 佐伯哲也 2013年  『歴史群像 118  4月号』

高山市にある山城のひとつ。
金森長近が戦国の山城を利用して築いた織豊城郭。
後に金森氏が築いた高山城とともに、瓦を用いない杮葺きの建物と推定されている。

203 岐阜城

安土桃山時代 考証 香川元太郎 1996年  世界文化社 『日本の城』

美濃を手に入れた信長が本城として整備した。
山上の城と山麓の館が別れた古いタイプの城だが、石垣に巨石を用い、天守(天主)も設けられるなど、先進的な部分があった。

187  高山城本丸断面

江戸時代 考証 香川元太郎 1996年  世界文化社 『日本の城』

飛騨の高山城は、金森長近が築いた山城。
山上の本丸には建物が密集し、 御殿・天守・櫓が混然一体となっている。
元禄年間に廃城となるが、その際、調査図面が造られており、これを基に描いた。

186 高山城

安土桃山時代 考証 香川元太郎 1996年  世界文化社『日本の城』

金森氏が築城した織豊城郭で、山上の本丸、中腹の掛け造りの数寄屋などが特徴。
江戸時代前期まで使われていた。