2042 大垣城鳥瞰

江戸時代 考証 大垣市教育委員会 2020年 岐阜県大垣市蔵

大垣城は豊富な水を利用した平城で、戦国時代から地域の戦略拠点となっており、関ヶ原合戦では西軍の本陣となった。イラストは江戸時代の大垣城の全体像。江戸時代の間にも御殿の位置は変遷があり、城の櫓は減っていく一方、城下町は広がっていく。イラストは正保城絵図を中心資料としながら、複数の絵図からも情報を読み取り、大垣城が最も充実した状態を描いた。

2043 大垣城天守断面

江戸時代 考証 大垣市教育委員会 2020年 岐阜県大垣市蔵

大垣城天守は、4階建てで、複数の復興天守や模擬天守でモデルに使われている。太平洋戦争の際に焼失したが、それ以前の調査図面や写真が残されており、その記録から描いた。復元したのは焼失前の天守であり、江戸時代には右側に多門櫓が続いていたと思われる。

2039 古川城

安土桃山時代 考証 中井均 2020年 岐阜県飛騨市蔵

飛騨の国人領主、古川氏(姉小路三家の一つ)の城。その後力で古川氏の名跡を継いだ三木氏の本拠。織田信長のもとで飛騨に侵攻した金森氏が、一時期は古川城を本拠としたと考えられ、本丸周辺には織豊城郭的な石垣の跡が残る。
遠景右は、金森氏の新城、増島城で、建設中の様子を想定。古川城の対岸にあった集落も増島城下に移転させている途中。
遠景左端の山城は、小島氏 (姉小路三家の一つ) の本拠だった小島城で、古川城と同様、金森氏の改修が入ったと考えられている。

2040 傘松城

戦国時代 考証 中井均 2020年 岐阜県飛騨市蔵

 飛騨市神岡町周辺を見下ろす山城。西から見る。北飛騨の国人領主、江馬氏の城と考えられる。西側は大規模な堀切を重ねて防御が厚い。城の東側(遠景)は、江馬氏の中心地で、様々な施設が見られる。
左から、当時の江間氏の館と思われる東町城(神岡城)、 室町時代の館跡として国史跡に指定された江間氏館(下館)の跡、 当時の江間氏の主城である高原諏訪城、廃絶寺院の跡、山間の支城である岩ヶ平城と洞城。

2034 加納城

江戸時代 2016年 考証 香川元太郎 個人蔵

天下普請で築かれた加納城の天守(御三階櫓)。享保年間に描かれたという立面図をもとに推定復元した。

2037 高原諏訪城 

戦国時代 考証 中井均 2018年 飛騨市教育委員会蔵

北飛騨の国人領主、江馬氏の本城。堀切と竪堀で隔てられた尾根にも、点々と防御施設があった。背後の谷は、現在ダム状施設によって地形が変わっている。
画面左端に、室町時代の江馬氏の館跡があるが、ここは現在、発掘調査に基づいて会所、庭などが復元されている。

2038 小島城

戦国時代 2018年 監修 中井均 飛騨市教育委員会蔵

飛騨の小島氏の本城。小島氏は三木氏の傘下に入り、江馬氏を攻めて高原諏訪城を落城させたとされるが、その小島氏や三木氏も金森氏によって滅ぼされる。
小島城の中心部に見られる織豊城郭的な石垣は、金森氏の改修によるものと推定されている。

2006 金山城中心部

安土桃山時代  考証 中井均 2015年 可児市蔵

金山城は典型的な織豊城郭で、岩山の各所に石垣が残る。
全面的に発掘調査が行われており、イラストの建物も大半は礎石などをもとに復元した。

2005 金山城

安土桃山時代  考証 中井均 2015年 可児市蔵

もとは斎藤氏配下の戦国城郭だったが、織田信長が美濃を手に入れた際、森可成が居城として大規模に築城した。
城下の木曽川には湊遺構も残る。

2009 久々利城

戦国時代  個人蔵(株式会社パロマ)

可児市に城址が残る山城。
久々利氏が居城としていたが、金山城の森氏によって奪われた。
地形がよく保存されている。

2004 加治田城

戦国時代 考証 加治田町教育委員会 2016年 富加町蔵

岐阜県南部の富加町を支配した国人領主、佐藤氏の居城とされる。
典型的な戦国の城で、山上の山城と山麓の居館がセットになっている。
美濃の斎藤氏、尾張の織田信長がこの周辺を舞台に合戦を繰り広げた。

502  古代国府の構成

奈良時代 2007年

美濃国府をモデルとしている。
中央には国衙を中心とした政庁施設があり、国分寺、国分尼寺も建立された。
遠景は琵琶湖で、その手前の谷に不破の関がある。

442 合掌造り民家

江戸時代 考証 柿崎京一 2002年 朝日ビジュアルシリーズ『週間 日本遺産 09白川郷・五箇山』

屋根の勾配が強く、大きい屋根裏空間を斜めの叉首で支える構造の家。
小屋組みを用いないため、屋根裏には柱が立たず、広い空間が養蚕などに活用できる。
起源は古いと思われるが、現存する建物は明治期の形を残すものが多い。

360 江馬氏館

室町時代 考証 香川元太郎 1996年 世界文化社『日本の城』

飛騨の江馬氏館は、室町時代の領主居館の遺構で、全面発掘された貴重な例。
現在は会所(池の側の建物)が復元されている。
発掘成果を用いて描いたが、土塁や塀は検出されていない。
イラストでは、室町時代の館の例として、あえて様々な塀のパターンを描いた。

309  松尾山城

戦国時代 考証 中井均 2011年 『歴史群像 105  2月号』

関ヶ原の南にある松尾山に築かれた城。
関ヶ原合戦の際には廃城となっていたが、合戦の行方を決定付けた小早川隆景が陣城として利用した。