2053 野口城

戦国時代  考証  飛騨市教育委員会  2021年 飛騨市蔵

古川盆地西端の戦国城郭。特に中心曲輪の北側では大規模な堀切が連続し、畝状竪堀も見られる。これらは三木氏による改修と推定されている。上方(東側)は小島城。描いたのは姉小路氏が中心とした地域で、2城のほぼ中央の段丘上には、姉小路氏の居館とされる岡前館跡があるが、三木氏時代には廃絶していたと推定される。

2054 小鷹利城 三木氏時代

戦国時代  考証  飛騨市教育委員会  2021年 飛騨市蔵

戦国時代中期、姉小路氏に代わって三木氏(名族、姉小路氏の名を継いだため、三木氏も姉小路氏と呼ばれた)が飛騨を支配した。その時代の飛騨の山城は畝状竪堀の構築が顕著で、小鷹利城には現在も深い堀跡が残されている。西側からの金森長近による侵攻を想定して築かれたと考えられる。

2055 小鷹利城 姉小路氏時代

戦国時代  考証  飛騨市教育委員会  2021年 飛騨市蔵

飛騨の古川盆地西端には、戦国の山城が複数築かれており、手前の小鷹利城、中央の向小島城、左の野口城が知られる。この地域は姉小路氏の支配地域で、小鷹利城と向小島城は、姉小路氏の一族、向氏の本拠とされる。
小鷹利城の主郭では、この時代と推定される大型の礎石建物跡が発見され、関係者を驚かせた。

2056 萩原諏訪城

安土桃山時代 考証 下呂市教育委員会  2021年 下呂市蔵

三木氏を滅ぼして飛騨一帯を配下に置いた金森長近が、飛騨南部の拠点として築いた織豊城郭。大地の先端部の城で、ここにあった諏訪神社を移転させて築城したが、江戸前期に廃城となり、その後再び諏訪神社が建てられている。
搦手口では当時の石垣が確認されているが、現在見られる石垣の多くは廃城後のものと考えられる。絵図などの資料も少なく、イラストは推測の多い復元イメージとなった。

2057 桜洞城

戦国時代 考証 下呂市教育委員会  2021年 下呂市蔵

段丘の先端部を利用した城で、戦国時代、飛騨のほぼ全域に勢力を拡大した三木氏の居城。広範囲に発掘調査が行われ、空堀や、庭園と思われる石敷きなどが検出されている。ただ中心建物の跡は見つかっておらず、復元イラストでは、未調査区域を中心に主殿などを描いた。

2059 大森城

戦国時代 考証 中井均・可児市教育委員会 2016 可児市蔵

中規模の戦国城郭で、土岐氏の家臣、奥村氏の城。しかし、ダイナミックに巡らされた横堀と、横矢を意識したテクニカルな虎口が見られ、小牧長久手合戦の際に改修されて使用されたのではないかとも想像されている。

2058 今城

戦国時代 考証 中井均・可児市教育委員会 2016 可児市蔵

丘陵の先端部を利用した城で、小振りだが堀や切岸の遺構がほぼそのまま残る。
虎口の桝形だけは、城の規模に似合わない大きさで、小牧長久手合戦の折に、戦国の砦跡を再利用して虎口を強化したのではないかとも想像されている。

2051 明知城と落合砦・仲深山砦

戦国時代 考証 三宅唯美・中井均 2020年 恵那市蔵

落合砦上空から明智集落を見下ろしており、時代設定は2050と同じ天正2年。中央が明知城で、西側(左下)の山麓には後世、陣屋が作られた。当時も、山麓居館や家臣の屋敷、寺院、神社などがあり、街道沿いに町屋もあったと想定している。右は仲深山(なかのみやま)砦で、明知城と同様、畝状竪堀がある。手前の落合砦には井戸が残り、明智光秀の産湯を汲んだという伝承があるが、砦の実態は不明部分も多い。

2050 明知城

戦国時代 考証 三宅唯美・中井均 2020年 恵那市蔵

別名白鷹城。明智一帯を治めた遠山氏の居城だが、武田、今川、織田といった戦国大名の勢力の境目にあり、度々戦場となっている。特に、武田信玄の跡を継いだ勝頼が、織田方についていた明知城を攻略した天正2年の戦いは大規模だったと思われ、その少し前くらいを想定して描いた。規模の大きい畝状竪堀が特徴の城で、現地もよくその形を残している。

857 高山城本丸

安土桃山時代  考証 香川元太郎 2020年

金森長近が築いた飛騨高山城の本丸部分を南東から見る。金森氏が元禄年間に国替えとなり、城は一時加賀の前田氏の預かりとなった後、廃城とされるが、その際に記された平面図から復元考証ができる。金森長近の城では、越前大野城も絵図があり、他の近世城郭に見られない変則的な天守があったことが伺える。

2042 大垣城鳥瞰

江戸時代 考証 大垣市教育委員会 2020年 岐阜県大垣市蔵

大垣城は豊富な水を利用した平城で、戦国時代から地域の戦略拠点となっており、関ヶ原合戦では西軍の本陣となった。イラストは江戸時代の大垣城の全体像。江戸時代の間にも御殿の位置は変遷があり、城の櫓は減っていく一方、城下町は広がっていく。イラストは正保城絵図を中心資料としながら、複数の絵図からも情報を読み取り、大垣城が最も充実した状態を描いた。

2043 大垣城天守断面

江戸時代 考証 大垣市教育委員会 2020年 岐阜県大垣市蔵

大垣城天守は、4階建てで、複数の復興天守や模擬天守でモデルに使われている。太平洋戦争の際に焼失したが、それ以前の調査図面や写真が残されており、その記録から描いた。復元したのは焼失前の天守であり、江戸時代には右側に多門櫓が続いていたと思われる。

2039 古川城

安土桃山時代 考証 中井均 2020年 岐阜県飛騨市蔵

飛騨の国人領主、古川氏(姉小路三家の一つ)の城。その後力で古川氏の名跡を継いだ三木氏の本拠。織田信長のもとで飛騨に侵攻した金森氏が、一時期は古川城を本拠としたと考えられ、本丸周辺には織豊城郭的な石垣の跡が残る。
遠景右は、金森氏の新城、増島城で、建設中の様子を想定。古川城の対岸にあった集落も増島城下に移転させている途中。
遠景左端の山城は、小島氏 (姉小路三家の一つ) の本拠だった小島城で、古川城と同様、金森氏の改修が入ったと考えられている。

2040 傘松城

戦国時代 考証 中井均 2020年 岐阜県飛騨市蔵

 飛騨市神岡町周辺を見下ろす山城。西から見る。北飛騨の国人領主、江馬氏の城と考えられる。西側は大規模な堀切を重ねて防御が厚い。城の東側(遠景)は、江馬氏の中心地で、様々な施設が見られる。
左から、当時の江間氏の館と思われる東町城(神岡城)、 室町時代の館跡として国史跡に指定された江間氏館(下館)の跡、 当時の江間氏の主城である高原諏訪城、廃絶寺院の跡、山間の支城である岩ヶ平城と洞城。

2034 加納城

江戸時代 2016年 考証 香川元太郎 個人蔵

天下普請で築かれた加納城の天守(御三階櫓)。享保年間に描かれたという立面図をもとに推定復元した。