80 松山城 天守断面

江戸時代 考証 香川元太郎 1997年 世界文化社 『日本の城』

現存する天守は幕末に建てられたものだが、寛永期の天守をほぼ忠実に再建したと考えられる。
現在は地下の入り口から1階に上がるが、この階段は見学の便利のために後付けされたもの。

74 松山城 創建時

江戸時代 考証 香川元太郎 2002年 PHP研究所『名城を歩く』3

松山城は平山城に分類されているが、山が高く、それぞれの曲輪の独立性が強いなど、山城的な要素が多い。
イラストは創建時を想定。
当時は建物が白壁、天守が五層、山に木が少なかった等の伝承記録から推定した。
しかし、最近の研究では異なる姿も推定される。→2015