豊臣秀吉と徳川家康が争った小牧・長久手の合戦当時、加賀(石川)と越中(富山)を結ぶ街道に、前田氏によって築城されたと推定される。
当時、加賀の前田利家は秀吉に付いたが、越中の佐々成政は家康に付いて、対立した。
同じ街道の佐々領側に築かれた松根城に対して、切山城は街道の前田領側を封鎖するように造られている。
土の城ながら、主郭には織豊的な構造が見られる。
カテゴリー: 石川県
2016 松根城
佐々成政が築いた国境要塞で、小牧・長久手合戦当時、前田利家に対抗して築城された。
イラストとしては先に308を描いていたが、これと少し角度を変え、新しい調査成果を反映させて描いた。
新しい発掘調査では、堀や切岸が街道を完全に断ち切って築かれたことがわかった。
308 松根城
越中の佐々成政による国境要塞。
小牧・長久手合戦当時、加賀の前田利家に対抗して築城されたが、前田方の攻撃によって落城した。
2016のイラストより先に描いたもので、城に対する街道の通り方は、発掘調査以前の推定。
188 金沢城 御三階櫓
金沢城には当初、五層天守があったとされるが、それが失われた後、天守の代用として建てられた。
外観は立面図が残されており、それに基づいて描いている。
全体のバランスが、戦前まで存在した水戸城御三階櫓に似ており、この櫓と同様に内部は5階建てだったと考えられる。
175 金沢城
加賀百万石の城で、複数の櫓や門が現存するほか、中央部の壮大な二階建て多門櫓も復元されている。
イラストは創建時を想定しており、後に海鼠壁となる壁面は、下見板張りに描いている。
当時は五層天守があったとされる。