365 五稜郭

江戸時代 考証 香川元太郎 2004年 PHP研究所 『名城を歩く』23

ヨーロッパ式の星形築城だが、この形は城壁を攻める敵に側面攻撃をかけるため生まれたもので、日本の城の横矢掛りと同じ発想。
星形城郭の完成時期は日本の近世城郭の完成と同時期で、大砲の性能が上がった幕末期には、最新鋭とは言い難い築城法だった。
南西(上)が函館市街と函館山で、北の海岸には弁天崎台場も築かれた。
現在、五稜郭には中心建物(函館奉行所)が復元されている。

319 桂ヶ岡チャシ

江戸時代 考証 西股総生 2013年 『歴史群像 121 10月号』

「チャシ」は北海道のアイヌが造った城で、儀式用施設としての側面もあったとされ、謎が多い遺構。
幾つかの築城パターンがあり、このチャシのように、丘の頂上を利用するタイプも多い。
手前は熊祭り用に飼育する熊の檻。

320 コンブウシムイチャシ

江戸時代 考証 西股総生 2013年 『歴史群像 121 10月号』

崖の上を利用するタイプのチャシで、根室半島のチャシの中でも規模が大きい。
以前、チャシは古代から造られたと考えられていたが、現在確認できるチャシの遺構は北海道にしかなく、安土桃山時代から江戸時代にかけてのもの。
シャクシャインの乱など、倭人との抗争の中で生まれたと考えられている。

128 松前城

江戸時代 考証 永田富智 1999年 『歴史群像シリーズ 58 土方歳三』

幕末に造られた最後の日本式築城で、砲台と城の複合施設。
台地先端部を利用する城では、台地続き側の防御を厚くするのが通常だが、松前城では海岸防御が重視されていた。
戊辰戦争で榎本武揚や土方歳三の旧幕府軍に攻撃され、台地側の弱点を突かれて落城した。