847 小野路城

戦国時代 考証 西股総生 2019/8 『歴史群像 157 10月号』

町田市の丘陵地帯に城址が残る。戦国時代前期の城で、太田道灌が長尾景春の乱の際に前線基地として築城したとの推定。
復元設定の季節が春だったので、関東の丘陵地で現在もよく見かける山桜や、ミツバツツジ、ヤマブキなども描き入れている。

848 今治城

江戸時代 考証 井上淳・藤本誉博 2019/10

藤堂高虎が築城、近世城郭の完成形の一つ。しかし、多数の絵図を改めて検討し直すと、 海に面して二重櫓が立ち並ぶ部分は、寛永期に今治に入った松平氏が完成させたと推定される。同様に瀬戸内の海城として知られる高松城(76)も、寛永期に松平氏が改修して海側に櫓を増築しており、共通性が高い。

2037 高原諏訪城 

戦国時代 考証 中井均 2018年 飛騨市教育委員会蔵

北飛騨の国人領主、江馬氏の本城。堀切と竪堀で隔てられた尾根にも、点々と防御施設があった。背後の谷は、現在ダム状施設によって地形が変わっている。
画面左端に、室町時代の江馬氏の館跡があるが、ここは現在、発掘調査に基づいて会所、庭などが復元されている。

2038 小島城

戦国時代 2018年 監修 中井均 飛騨市教育委員会蔵

飛騨の小島氏の本城。小島氏は三木氏の傘下に入り、江馬氏を攻めて高原諏訪城を落城させたとされるが、その小島氏や三木氏も金森氏によって滅ぼされる。
小島城の中心部に見られる織豊城郭的な石垣は、金森氏の改修によるものと推定されている。

846 国吉城

安土桃山時代 考証 中井均・大野康弘(若狭国吉城歴史資料館館長)2019年 歴史群像156 8月号

戦国時代に粟屋氏が築き、越前の朝倉氏を何度も撃退して「難攻不落」と謳われた城。
その後の経緯を経て羽柴秀吉の配下にあった時、柴田勝家との緊張が高まり、決戦に向けて改修される様子を想定した。
城は、その後江戸初期まで存続し、改修を重ねている。

811 上野城

江戸時代 考証 香川元太郎 2017年 PHP研究所『よみがえる日本の城』

筒井定次が居城とした城に、藤堂高虎が改修を加えた。
高虎の築城 は、大坂の豊臣氏を意識したもので、本丸には全国1、2を争う高さの石垣が築かれた。
しかし豊臣氏は滅亡し、伊賀上野城の本丸工事も未完のままとなった。

845 大庭城

戦国時代 考証 西俣総生  2019 歴史群像155 6月号

神奈川県藤沢市に城址がある。扇ヶ谷上杉氏が山之内上杉氏との抗争時に築き、最終的には伊勢宗瑞(北条早雲)が攻略したとされる。 関東に多い台地の先端部を利用する城だが、 横堀を重ねた厳重な守りが特徴。

778 カルタゴ

BC3世紀 チュニジア 考証 香川元太郎 1999年 歴史群像 39  夏秋号』

古代カルタゴの想像図。
カルタゴは、ローマと地中海の覇権を争った、アフリカ(現チュニジア)の都市国家。
詳しいことは不明だが、円形の港に多数の軍船(ガレー船)を収容していたという。

628 マサダ要塞

1世紀 イスラエル 考証 高橋正男 1992年『歴史群像 2 8月号』

紀元前にユダヤのヘロデ王が完成させた離宮の要塞。
ユダヤがローマの支配に反旗を翻したユダヤ戦争で、最後の砦となった。
ローマ軍は巨大な坂道を建設して要塞を攻める。
3年が過ぎて兵糧も尽き、ユダヤ人たちは集団自決したという。

620 ウルの街

BC21世紀 イラク 考証 香川元太郎 2003年 東京書籍 『ニュークロノス図解世界史』

ウルはシュメール人が作った都市国家。
城壁に囲まれ、中心にはジッグラットと呼ばれる神殿がそびえていた。
古代メソポタミアには、同様の都市国家がいくつも存在した。
その都市国家のジッグラットが「バベルの塔」のモデルと想像される。

619 ギザのピラミッド

BC25世紀頃 エジプト 考証 香川元太郎 2003年 東京書籍 『ニュークロノス図解世界史』

有名なギザの三大ピラミッド。
右からクフ王、カフラー王、メンカウラー王のピラミッドで、河岸からカフラー王ピラミッドへの入り口にスフィンクス神殿がある。
ピラミッドは白い化粧石で覆われ、頂上部は金色だった。

613 サマルカンド落城

1220年 ウズペキスタン 考証 加藤和秀 1992年『歴史群像 4 12月号』

中央アジアの要衝サマルカンド(現ウズベキスタン)は、紀元前からオアシス都市が発達していた。
様々な王朝の支配を受け、13世紀にはホラズム帝国の首都となっていたが、モンゴル帝国の攻撃で落城する。

611 コンスタンチノープル落城

15世紀 トルコ 考証 鈴木 董 1992年 『歴史群像 1 創刊号』

東ローマ(ビザンツ)帝国の首都。
中世に難攻不落を誇った城郭都市だが、15世紀、オスマン・トルコの攻撃によってついに陥落した。
この際「バジリカ」と呼ばれる大砲が使われ、初めて大砲が攻城に効果を発揮した。
トルコの配下に入った町は「イスタンブール」と名を変えた。

610 コンスタンチノープル

15世紀 トルコ 考証 鈴木 董 1992年 『歴史群像 1 創刊号』

コンスタンチノープルを南から鳥瞰
半島上に位置し、陸続きの部分は特に堅固な三重の城壁で守られていた。
東方のイスラム圏などからの攻撃を何度も跳ね返し、難攻不落とされていた。

600 アレクサンドリア

BC3世紀 エジプト 考証 香川元太郎 1999年 『歴史群像 37 冬春号』

エジプト北部のアレクサンドリアは、マケドニアのアレクサンドロス3世(アレキサンダー大王)によって開かれたとされる港町。
そのシンボルとなった大灯台は、古代の「世界の七不思議」の一つに数えられた巨大なもの。
海中から、灯台の遺構も発見されている。