
伏見城の中心部イメージ。
建物は想像の域を出ないが、豊臣秀吉の隠居城であり、文禄の役の講和交渉で明の使者を迎える目的があった(地震のため工事が遅れ、使者は大坂城で迎える)ことなどから、贅を尽くした城だったと思われる。

伏見城の中心部イメージ。
建物は想像の域を出ないが、豊臣秀吉の隠居城であり、文禄の役の講和交渉で明の使者を迎える目的があった(地震のため工事が遅れ、使者は大坂城で迎える)ことなどから、贅を尽くした城だったと思われる。

伝長谷川等伯筆「聚楽第図」(現在行方不明)を模写・補足した図。
イラスト25よりさらに原画に近いもので、城の復元イラストとは別物。

伝長谷川等伯筆「聚楽第図」(現在行方不明)をもとにしたイメージ復元。
聚楽第は秀吉が京都市中に構えた城。有名だが存続期間は短く、現在ではやっと場所が推定できる程度の謎の城。
具体的な復元資料は、上記の図と「聚楽第図屏風」など、わずかしかない。