881 一宮城

安土桃山時代 考証 中井均 2023年『歴史群像182』

徳島を代表する戦国城郭で、三好氏や長曾我部氏の攻防の舞台になった。さらに羽柴秀吉の四国攻めでは長曾我部軍主力が入城。
長曾我部氏が秀吉の軍門に下ると、阿波には蜂須賀氏が入って徳島城を築くが、一宮城も支城として整備。イラストはこの時期を描いている。戦国期の曲輪の多くは放棄され、本丸と明神丸だけが使われたと推定。本丸の石垣は徳島城と同タイプ。

784 畑山城

戦国時代 考証 福永素久 2015年『歴史群像 130』

阿南市の戦国城郭。
土佐の長宗我部元親が、阿波へ攻め込む際の基地となった。
小さな城だが、そのぶんイラストでは人の動きも表現できた。

279 東山城

戦国時代 考証 西股総生 2009年『歴史群像 94』

阿波別街道と並行する間道を押さえる城。
四国の山城の中でも完成度が高く、主要部には石垣が廻る。

253 勝瑞城

戦国時代 考証 本田昇 1992年  『歴史群像シリーズ 29 長宗我部元親』

室町時代の勝瑞城。
阿波の守護、細川氏の本拠で、全盛期の細川勝元は応仁の乱の主役。
方形館タイプの平城で、大規模な城下集落と惣構えを持っていたとの推定によって描いた。

786 徳島城

江戸時代 考証 福永素久 2015年『歴史群像 132』

江戸初期の徳島城で、蜂須賀氏による築城当時を推定。
山上の本丸に天守があったが、後に、御殿背後の中腹の曲輪に移された。
周囲は水郷地帯で、川や海岸線の形は現在と大きく異なっている。

87 徳島城 大手口

江戸時代 考証 香川元太郎 1994年 学研『名城の天守総覧』

江戸中期の徳島城を大手口から見る。
左の太鼓櫓は、天守に匹敵するもの。
右上が天守で、創建時(イラスト786)は山上の本丸にあったが、移築された。