201 石垣山から見る小田原

安土桃山時代 考証 香川元太郎 1995年 世界文化社 『歴史法廷』

豊臣秀吉が小田原攻めの拠点とした石垣山城から望む小田原城。
城址からは小田原城がギリギリ見える程度で、小田原からも石垣山城の低い部分(曲輪の裾など)は見えない。
あらかじめ築城を進め、小田原側の木を伐採すれば、一夜で城が建ったように見えたかもしれない。

200 石垣山城

安土桃山時代 考証 香川元太郎 1993年 世界文化社『ビッグマンスペシャル』

秀吉による小田原攻めの本陣。
手前は石敷きの「太閤道」。
現地には天守台跡をはじめ、大規模な石垣が崩壊した状況が残されている。

132 小田原城

江戸時代 考証 香川元太郎 2004年 PHP研究所『名城を歩く』18

江戸時代の小田原城で、北条氏の小田原城跡を利用して築城された。
江戸時代にも、背後の山に戦国時代の空堀が多数残っていたことが、幕末期の絵図からわかる。
現在、イラスト上部の山は鉄道工事によって削られている。

130 小田原城天守

江戸時代 考証 香川元太郎 1994年 『名城の天守総覧』

江戸時代の天守は木造の模型が残されており、それらから復元。
現在も、概ねこれと同じ形の天守が復元されている。

792  小田原城

戦国時代 考証 香川元太郎 1994年 世界文化社『ビッグマンスペシャル』

東から見た戦国時代の小田原城。
山上に中心曲輪があり、多数の空堀が巡らされていた。
まだ惣構えが造られる前の状況で、武田信玄による小田原攻めを想定している。

689 小田原城

戦国時代 考証 西ケ谷恭弘 1991年 学研『戦国の城 関東編』

秀吉の小田原攻めを想定。
もともと大城郭だった小田原城だが、秀吉軍に対抗するため巨大な惣構えが造られ、戦国時代最大の城になった。

133  小田原城の堀

戦国時代 考証 香川元太郎 1996年 世界文化社 『日本の城』

小田原城では障子堀と呼ばれる独特の堀が多用された。
発掘で検出された堀をモデルにしており、櫓や塀などは推定で加えた。

131 小田原城

戦国時代 考証 香川元太郎 1996年  世界文化社 『日本の城』

北西から見た戦国期の小田原城。
北条氏の本拠地で、大城郭として知られる。
イラストは、上杉謙信に攻められた時を想定。
城は落ちることなく、謙信の軍は撤退した。