756 池田屋事件

江戸時代 考証 香川元太郎 1995年 世界文化社

新撰組の名を有名にした事件。
京都の旅館「池田屋」に集まっていた尊王攘夷派の志士たちを、新撰組が襲い、多くの志士が死亡または捕縛された。
池田屋は町屋特有の短冊状敷地(間口が狭く奥行きが広い)で、部屋割り図が残る。
イラストでは、表と奥の二棟が繋がった建物と推定した。

560 清水寺

奈良時代 考証 松崎照明 2003年 朝日ビジュアルシリーズ『週間 日本遺産』18清水寺

有名な舞台(懸け作り)をはじめとする清水寺の独特な構造を、断面で表現した。
左の一段高い山上にあるのは、縁結びで人気の地主神社。

508 白河

平安時代 考証 香川元太郎 2005年 学研『日本の歴史 パノラマ絵地図2』

白河法王らが屋敷を構えた、賀茂川東側の一画。
平安時代後期には、日本の文化と政治の中心地だった。
手前は、八角形九重の塔を擁した法勝寺。
これを含めて、6つの浄土教寺院がひしめいていた。

506 羅城門

平安時代 考証 高橋康夫 2003年  朝日ビジュアルシリーズ「週間日本遺産」26東寺

平安京の南の入口で、朱雀大路の南端に建てられた巨大な門。
後には荒廃し、鬼の伝説が生まれたり、芥川龍之介「羅生門」の舞台となったりした。

500 平安京

平安時代 考証 香川元太郎 1998年  世界文化社『ビッグマンスペシャル超人空海』

平安時代初期にに造られた街並を想定。
範囲は広大で、街路は唐の長安に倣い、整然と計画された。
実際には住みにくい地域も含まれており、少しずつ街の姿は変化していった。

470 京都

江戸時代 考証 香川元太郎 1996年 世界文化社

江戸時代の京都を南西から見る。
496、495の戦国期に比べると、街は大きくなっていた。
濃い緑のラインは、豊臣秀吉が京都の守りに築いた「御土居」で、幕末までその大半は残されていた。

496 京都

戦国時代 考証 香川元太郎 2005年 学研『日本の歴史 パノラマ絵地図4』

戦国時代の京都を南西から見る。
応仁の乱によって荒廃した後、復興した町は、上京、下京の二つに分かれ、自衛のためそれぞれ土塀や堀で囲まれていた。
本能寺など、堀を巡らせた城造りの寺も点在。
495のイラストより少し前の状況を描いている。

495 京都

戦国時代 考証 高橋康夫 2007年 新・歴史群像シリーズ 9 『本能寺の変』

戦国時代、織田信長が上洛した後の京都。
496とほぼ同じ角度から、少し後の時代を描いている。
信長によって、上京と下京の中間に足利義昭邸(最初の二条城ともいわれる)が築かれた。

433 近江屋事件

江戸時代  2006年

幕末の京都で、坂本竜馬と中岡慎太郎が暗殺された事件。
左奥が中岡、右奥が坂本で、手前に倒れるのは巨漢の用心棒。

431 伏見の戦い

江戸時代 考証 中村武生 2004年 歴史群像シリーズ 72『 新撰組隊士伝』

幕末の鳥羽・伏見の戦いで襲撃される伏見奉行所。
戦いは夜まで続き、奉行所は炎上した。

282 山科本願寺

戦国時代 考証 中井均 2001年 『歴史群像 48 8月号』

戦国時代、門前町を取り込んで城郭化した寺を、寺内町と呼ぶ。
特に大規模な寺内町、山科本願寺を南西から見た。
現地遺構や絵図から推定復元。
223でもアングルを変えて描いた。
一向宗の総本山だった山科本願寺だが、六角氏と法華宗徒によって焼き討ちされ、一向宗の本拠は石山本願寺へと移行する。

223 山科本願寺

戦国時代 考証 香川元太郎 1998年 世界文化社

西から見た山科本願寺の想像復元イラスト。
遠方(東側)の城館は、蓮如の隠居地「南殿」。
考証内容は282とほぼ同じ。
現在も本願寺系の寺には、城の櫓のような鐘楼を持つものがある。
瓦葺の寺が城郭化した寺内町は、織豊城郭誕生のヒントになったと想像される。

220 戦国期の矢倉

戦国時代 考証 香川元太郎 1996年 世界文化社 『日本の城』

戦国期の京都を描いた「上杉本洛中洛外図屏風」左隻第二扇に、築地塀の上に乗せた隅櫓が描かれており、これをもとに推定復元した。

210 田辺城攻め

安土桃山時代 考証 吉岡博之 2000年 歴史群像シリーズ『決戦関ヶ原』

田辺城は、192の勝龍寺城と同じく、細川幽斎・忠興の城。
関ヶ原の戦いの際、幽斎が籠城。
西軍の包囲攻撃を受けたが、天皇家の仲裁によって開城した。
その際の配陣図は、当時の城攻めを知る貴重な資料で、これを基に推定復元。
柵で城を包囲し、仕寄りを伸ばして城に迫る様子も、配陣図から描いている。

195 山崎城

安土桃山時代 考証 中井均 2008年 『歴史群像 91 10月号』

羽柴秀吉が明智光秀を破った山崎の合戦で、秀吉側の拠点となった天王山に築かれた山城(織豊城郭)。
合戦後に築城され、しばらくの間、秀吉の居城となった。