174 松本城天守

江戸時代 考証 香川元太郎 1995年 世界文化社『日本の城』

現存する天守で、姫路城、彦根城、犬山城、松江城の天守とともに、国宝に指定されている。
天守台には建物の重みを支えるための丸太が埋め込まれていた。手前は月見櫓で、その横には船で堀へ漕ぎ出すための門もあった。

172 松本城鳥瞰

江戸時代 考証 香川元太郎 2003年 PHP研究所 『名城を歩く』7

現在の城跡公園は本丸と二の丸だが、かつてはその外側に三の丸が広がっていた。
深志城と呼ばれた戦国時代の縄張りを踏襲しており、虎口を守る馬出しに武田氏の築城法を見ることができる。

166 松本城 創建時天守

江戸時代 考証 西ヶ谷恭弘 2003年  PHP研究所『名城を歩く』7

現存する松本城天守だが、解体工事の結果、当初は最上階に廻り縁があったと推定された。
破風の形も現在と違いがあった。
本丸がある東北側から見ており、反対側の面は163に描いている。

165 松本城の堀

江戸時代 考証 香川元太郎 1995年 世界文化社

松本城天守前の堀の断面。
堀は広いが案外浅い。
中央の埋門には、現在赤い橋が架けられているが、江戸時代に橋はなかった。
右下は天守石垣を支える地業の様子。
石垣がずれないよう、梯子胴木が用いられている。

164 松本城 折塀

江戸時代 考証 香川元太郎 1995年 世界文化社

二の丸、三の丸で多用されていた塀で、敵に横矢をかけるための工夫。
松本城では、2種類のパターンが併用された。

163 松本城 創建時天守

江戸時代 考証 西ヶ谷恭弘 2003年  PHP研究所 『名城を歩く』7

創建時の松本城天守を、南西側から見る。
解体修理から推定された破風を描いており、反対側の面は166に示している。
その後、天守の右側に付櫓と月見櫓が増築された。

471 吉崎御坊

戦国時代 考証 香川元太郎 1997年 世界文化社『ビッグマンスペシャル 浄土と地獄』

戦国時代、北陸の一向宗の中心となった寺内町。
1世紀もの間、戦国大名の支配を排して一向一揆を継続させ、独立国的な存在となっていた。

358 燧ヶ城

平安時代 考証 山本勝士 1994年 『歴史群像シリーズ 36 平清盛』

燧ケ城(ひうちがじょう)は、源氏と平氏が争った平安末期の山城。
シンプルな痩せ尾根上の山城で、北陸の反平氏勢力が篭り、麓の川をせき止めて水堀にしたとされる。
平維盛を大将とする平氏が、堀の堰を壊して城を攻め落とした。

267 一乗谷城

戦国時代 考証 香川元太郎 1996年 世界文化社『日本の城』

戦国大名朝倉氏の本拠地。
上木戸、下木戸に挟まれた谷の中に、朝倉氏館を始めとする武家屋敷や寺院、町屋が混在する都市が広がっていた。
東の山上には山城が築かれている。
265のイラストでは、西の尾根にも出城が連続すると考証しているが、ここでは表現していない。

265 一乗谷城

戦国時代 考証 小野正敏・青木豊昭 1998年  歴史群像シリーズ 54『元亀 信長戦記』

戦国大名朝倉氏の本拠。
一乗谷山城や朝倉館をはじめ、館や城が点在し、谷全体を守る惣構が形成されていた。
城下集落跡では、家臣の屋敷のほか町屋も多く発掘されて、戦国時代の生活を知る貴重な資料となっている。

202 北ノ庄城

安土桃山時代 考証 香川元太郎 1995年 世界文化社ビッグマンスペシャル『太閤秀吉』

柴田勝家の居城で、織田家の筆頭家老にふさわしい壮大な天守があったというが、秀吉に攻められ落城した。
城跡は後に福井城となったため、当時の状況には不明点が多い。

171 丸岡城天守

江戸時代 考証 香川元太郎 1996年 世界文化社『日本の城』

丸岡城は小規模だが天守が現存し、最も古い天守と言われていた。
調査の結果、最古ではないことが分かったが、古い天守の形を伝えるものと考えられている。
屋根は珍しい石瓦葺で、当初はこけら葺だった可能性もある。
かつては入り口の石段に踊り場があったと推定されており、これを復元して描いた。

327 丸岡城屋根説明図

江戸時代 考証 香川元太郎 1996年 世界文化社『日本の城』

丸岡城天守最上階の屋根をモデルにした説明図。
左はこけら葺き、中央が現状の石瓦葺、右は通常の瓦の場合を想定して描いている。

2008 切山城

戦国時代 考証 千田嘉博 2015年 金沢市蔵

豊臣秀吉と徳川家康が争った小牧・長久手の合戦当時、加賀(石川)と越中(富山)を結ぶ街道に、前田氏によって築城されたと推定される。
当時、加賀の前田利家は秀吉に付いたが、越中の佐々成政は家康に付いて、対立した。
同じ街道の佐々領側に築かれた松根城に対して、切山城は街道の前田領側を封鎖するように造られている。
土の城ながら、主郭には織豊的な構造が見られる。

2016 松根城

戦国時代 考証 千田嘉博 2015年 金沢市蔵

佐々成政が築いた国境要塞で、小牧・長久手合戦当時、前田利家に対抗して築城された。
イラストとしては先に308を描いていたが、これと少し角度を変え、新しい調査成果を反映させて描いた。
新しい発掘調査では、堀や切岸が街道を完全に断ち切って築かれたことがわかった。

308 松根城

戦国時代 考証 佐伯哲也 2007年 『歴史群像 82』

越中の佐々成政による国境要塞。
小牧・長久手合戦当時、加賀の前田利家に対抗して築城されたが、前田方の攻撃によって落城した。
2016のイラストより先に描いたもので、城に対する街道の通り方は、発掘調査以前の推定。