2037 高原諏訪城 

戦国時代 考証 中井均 大下永 2018年 飛騨市蔵

北飛騨の国人領主、江馬氏の本城。堀切と竪堀で隔てられた尾根にも、点々と防御施設があった。背後の谷は、現在ダム状施設によって地形が変わっている。
画面左端に、室町時代の江馬氏の館跡があるが、ここは現在、発掘調査に基づいて会所、庭などが復元されている。

2038 小島城

戦国時代 2018年 監修 中井均 大下永 飛騨市蔵 2021年加筆

飛騨の小島氏の本城。小島氏は三木氏の傘下に入り、江馬氏を攻めて高原諏訪城を落城させたとされるが、その小島氏や三木氏も金森氏によって滅ぼされる。
小島城の中心部に見られる織豊城郭的な石垣は、金森氏の改修によるものと推定されている。

2047 国吉城

安土桃山時代 考証 中井均・大野康弘(若狭国吉城歴史資料館館長)2019年 『歴史群像156 』
若狭国吉城歴史資料館蔵

戦国時代に粟屋氏が築き、越前の朝倉氏を何度も撃退して「難攻不落」と謳われた城。
その後の経緯を経て羽柴秀吉の配下にあった時、柴田勝家との緊張が高まり、決戦に向けて改修される様子を想定した。
城は、その後江戸初期まで存続し、改修を重ねている。

811 上野城

江戸時代 考証 香川元太郎 2017年 PHP研究所『よみがえる日本の城』

筒井定次が居城とした城に、藤堂高虎が改修を加えた。
高虎の築城 は、大坂の豊臣氏を意識したもので、本丸には全国1、2を争う高さの石垣が築かれた。
しかし豊臣氏は滅亡し、伊賀上野城の本丸工事も未完のままとなった。

845 大庭城

戦国時代 考証 西俣総生 2019『 歴史群像155 』

神奈川県藤沢市に城址がある。扇ヶ谷上杉氏が山之内上杉氏との抗争時に築き、最終的には伊勢宗瑞(北条早雲)が攻略したとされる。 関東に多い台地の先端部を利用する城だが、 横堀を重ねた厳重な守りが特徴。

778 カルタゴ

BC3世紀 チュニジア 考証 香川元太郎 1999年 歴史群像 39』

古代カルタゴの想像図。
カルタゴは、ローマと地中海の覇権を争った、アフリカ(現チュニジア)の都市国家。
詳しいことは不明だが、円形の港に多数の軍船(ガレー船)を収容していたという。

628 マサダ要塞

1世紀 イスラエル 考証 高橋正男 1992年『歴史群像 2』

紀元前にユダヤのヘロデ王が完成させた離宮の要塞。
ユダヤがローマの支配に反旗を翻したユダヤ戦争で、最後の砦となった。
ローマ軍は巨大な坂道を建設して要塞を攻める。
3年が過ぎて兵糧も尽き、ユダヤ人たちは集団自決したという。

620 ウルの街

BC21世紀 イラク 考証 香川元太郎 2003年 東京書籍 『ニュークロノス図解世界史』

ウルはシュメール人が作った都市国家。
城壁に囲まれ、中心にはジッグラットと呼ばれる神殿がそびえていた。
古代メソポタミアには、同様の都市国家がいくつも存在した。
その都市国家のジッグラットが「バベルの塔」のモデルと想像される。

619 ギザのピラミッド

BC25世紀頃 エジプト 考証 香川元太郎 2003年 東京書籍 『ニュークロノス図解世界史』

有名なギザの三大ピラミッド。
右からクフ王、カフラー王、メンカウラー王のピラミッドで、河岸からカフラー王ピラミッドへの入り口にスフィンクス神殿がある。
ピラミッドは白い化粧石で覆われ、頂上部は金色だった。

613 サマルカンド落城

1220年 ウズペキスタン 考証 加藤和秀 1992年『歴史群像 4 』

中央アジアの要衝サマルカンド(現ウズベキスタン)は、紀元前からオアシス都市が発達していた。
様々な王朝の支配を受け、13世紀にはホラズム帝国の首都となっていたが、モンゴル帝国の攻撃で落城する。

611 コンスタンチノープル落城

15世紀 トルコ 考証 鈴木 董 1992年 『歴史群像 1』

東ローマ(ビザンツ)帝国の首都。
中世に難攻不落を誇った城郭都市だが、15世紀、オスマン・トルコの攻撃によってついに陥落した。
この際「バジリカ」と呼ばれる大砲が使われ、初めて大砲が攻城に効果を発揮した。
トルコの配下に入った町は「イスタンブール」と名を変えた。

610 コンスタンチノープル

15世紀 トルコ 考証 鈴木 董 1992年『歴史群像 1』

コンスタンチノープルを南から鳥瞰
半島上に位置し、陸続きの部分は特に堅固な三重の城壁で守られていた。
東方のイスラム圏などからの攻撃を何度も跳ね返し、難攻不落とされていた。

600 アレクサンドリア

BC3世紀 エジプト 考証 香川元太郎 1999年『歴史群像 37』

エジプト北部のアレクサンドリアは、マケドニアのアレクサンドロス3世(アレキサンダー大王)によって開かれたとされる港町。
そのシンボルとなった大灯台は、古代の「世界の七不思議」の一つに数えられた巨大なもの。
海中から、灯台の遺構も発見されている。

754 稜堡をめぐる攻防

17世紀 フランス 考証 今村伸哉 1995年『歴史群像 19 』

稜堡は、近世ヨーロッパで発達した城。
城壁のすべての場所に十字砲火が与えられるように、という発想からギザギザの城壁が工夫された。
そのシステムの確立者、フランスのヴォ―バンは、塹壕を駆使してその城壁を攻める方法論も完成させた。
イラストはヴォ―バンが手掛けた城郭都市ヌフ・ブリザックをモデルに、ヴォ―バンの攻城法も描いた。

627 アテナイ

BC5世紀 ギリシャ 考証 香川元太郎 1999年『歴史群像 38』

古代ギリシャのアテナイ(アテネ)は、パルテノン神殿のあるアクロポリスを中心にした都市(右上)だが、地中海貿易が盛んになると、港町ペイライエウス(左下)が発達した。
ここを基地としたのが、ギリシャ随一と言われたアテナイ海軍。
アテナイとスパルタが覇権を争った時期に、本市街とペイライエウスを結ぶ大城壁が完成した。