188 金沢城 御三階櫓

江戸時代 考証 香川元太郎 1994年 学研  『名城の天守総覧』

金沢城には当初、五層天守があったとされるが、それが失われた後、天守の代用として建てられた。
外観は立面図が残されており、それに基づいて描いている。
全体のバランスが、戦前まで存在した水戸城御三階櫓に似ており、この櫓と同様に内部は5階建てだったと考えられる。

175 金沢城

江戸時代 考証 西ヶ谷恭弘・香川元太郎 2002年 PHP研究所『名城を歩く』2

加賀百万石の城で、複数の櫓や門が現存するほか、中央部の壮大な二階建て多門櫓も復元されている。
イラストは創建時を想定しており、後に海鼠壁となる壁面は、下見板張りに描いている。
当時は五層天守があったとされる。

2017 増山城

戦国時代 考証 野原大輔(砺波市教育委員会) 2013年 砺波市蔵

砺波市にある戦国時代の山城。
神保氏が上杉謙信相手に激しい籠城戦を繰り広げ、その攻撃を退けたことで知られる。
その後も戦場になるなど越中の重要拠点で、増築が繰り返され、大城郭に成長したと思われる。

287 松倉城

戦国時代 考証 佐伯哲也 2008年 『歴史群像89』

増山城と並んで富山県を代表する山城。
椎名氏の城だったが、上杉謙信に責められて落城。
その後、上杉景勝が織田信長の侵攻に対抗するため整備し、何度も争奪の的となった。
遠景左の港町が魚津で、松倉城の廃城後、地域の中心は魚津に移行した。

204 高岡城

安土桃山時代 考証 佐伯哲也 2011年 『歴史群像 107』

江戸初期に前田利長が築城。
一国一城令によって廃城となったが、現在も堀が残されている。
土塁の城ながら、全ての曲輪に多門櫓を巡らせる構造は圧巻。
支城とは思えない重厚な造りに、加賀前田氏の力が伺える。

2007 加茂山城

戦国時代 考証 西ケ谷恭弘 加茂商工会議所蔵

要害山城(左)を中心に、2つの出城を繋いだ山城。
上杉氏の重要な支城で、太田氏が在城したとされるが、歴史的には不明点も多い。
神社が持っていた城という説もある。

300 荒砥城

戦国時代 考証 西股総生 2005年 『歴史群像 70』

上杉氏による国境要塞。
コンパクトに設計され、虎口の防御プランや畝堀に特徴がある。

262 春日山城

戦国時代 考証 水澤幸一 2001年 歴史群像シリーズ『疾風上杉謙信』

上杉謙信の本城で、戦国時代の山城の中でも特に有名。
増設を繰り返して山全体が城となった大城郭。

250 御館の乱

戦国時代 考証 花ヶ前盛明 2008年『新・歴史群像シリーズ 17 直江兼続 』

御館の乱(おたてのらん)は上杉謙信没後、その跡目争いから起こった戦い。
直江兼続が支えた上杉景勝は、画面右上の春日山城を抑え、左下の御館に拠った上杉景虎に勝利して、上杉家の当主となった。

240 栃尾城

戦国時代 考証 佐伯哲也 2009年 『歴史群像 95』

新潟県の代表的な山城の一つ。
上杉謙信はこの城で初陣を飾り、幼少期を過ごした。御館の乱でも、戦場となって落城している。

182 新発田城

江戸時代 考証 香川元太郎 1994年  学研『名城の天総覧』

新発田城の御三階櫓(天守)は、L字型の平面を持つ独特の建物。
金沢城に似た海鼠壁も使われていた。
現在は、城址に復元されている。

353 多賀城鳥瞰

奈良時代 考証 香川元太郎 1996年 世界文化社『日本の城』

奈良・平安時代、朝廷は東北地方に権力を伸ばしていったが、その過程で設けた城を「城柵」と呼ぶ。
多賀城は、朝廷の東北進出の初期に、拠点の城柵となっていた。
広く四角い外壁をめぐらせ中央に政庁を置く、城柵の典型的な形。

346 多賀城 城壁と櫓

奈良時代 考証 香川元太郎 1996年 世界文化社『日本の城』

城柵の城壁は、乾いた地面には版築の築地、湿地では材木塀を使う例が多い。
築地には瓦屋根をかけ、所によって舞台状の櫓もあったと推定されている。

145 仙台城 本丸御殿

江戸時代 考証 香川元太郎 1997年 世界文化社『日本の城』

仙台城の御殿は、全国の城の中でも、江戸城や名古屋城に次ぐ豪華なもので、上々段の間もあり、将軍や天皇を迎える格式を備えていた。
手前は断崖にせり出すように建てられた「掛屋御殿」。
平面図のほか、要所は立面図も残されており、精度の高い復元ができる。

144 仙台城大手門

江戸時代 考証 香川元太郎 1997年 世界文化社『日本の城』

仙台城二の丸の入口となる門で、極めて規模の大きい二階門。
江戸時代の城郭建築としては古風な真壁造り(柱が見える)で、肥前名護屋城の大手門を移築したとの伝承がある。
第二次大戦の空襲で焼失。